グローバル・マクロ・データベースをもとに開発した機械学習モデルを用いた日本株運用 - エニグマ1号ファンド
バスティオン・クオンツは、どのような厳しい市場環境下でも投資家の皆様の資産を防衛し、着実に増やし続けることを理念に掲げ、クオンツ運用により魅力的な投資リターンを創出するための投資ファンド、エニグマ1号ファンド(以下「本ファンド」)を2021年8月10日に設定しました。この記事では、本ファンドのコンセプト、運用戦略および運用実績をご紹介します。
1. 本ファンドのコンセプト
本ファンドは、機械学習と統計を駆使し、グローバル・マクロ・データベースをもとに開発した投資判断モデル(以下「機械学習モデル」または「モデル」)を用いた日本株運用を行うファンドです。
1-1. 機械学習
近年、コンピューターの処理能力やデータ分析環境の利便性の向上を背景に、様々な産業において(機械学習を含む)AIが大規模なデータセットの解析に用いられる場面が益々多くなっています。資産運用の世界においても、多種多様なデータをAIで解析し運用に利用する動きが広がっています。
本ファンドは、機械学習を活用していますが、株価の形成要因の定量的把握といったデータ分析のプロセスのみならず、投資対象商品の売買判断(取引執行時に買うべきか売るべきかの判断)においても機械学習モデルを直接的に用いている点が特徴的です。
1-2. グローバル・マクロ・データベース
グローバルの各地域の金融政策、財政政策、クライシス、景況感、為替等のマクロイベントの時系列データベースを構築し、モデルの開発に使用しています。データベース化の対象としている期間は、ユーロ危機、東日本大震災、米大統領選挙、量的緩和/引き締め、米中貿易摩擦、英国EU離脱、新型コロナウイルス(COVID-19)パンデミックといった様々なイベントを内包しています。
1-3. 日本株運用
本ファンドの投資対象商品は株価指数先物(主に日経225先物を対象としているため、以下「日経225先物」または「先物」)です。
平日の日中だけでなく欧米の株式市場がオープンしている夜間や祝日にも取引されること、流動性が高いことなどから、本ファンドにとって重要なイベントが発生した際に必要に応じて機動的に取引を執行することができる点において利便性が高いと考えられます。
2. 運用戦略
マクロイベントが発生した際、機械学習モデルを用いて日経225先物の売買判断を行います。
2-1. 機械学習モデルの構築
時系列でデータベース化した各地域の様々なマクロイベントの情報と当該イベントが発生した際の過去の日経平均株価の値動きのパターンを機械学習アルゴリズム1に学習させることで、将来同様のマクロイベントが発生した際の日経平均株価の値動きを予測する機械学習モデル1を構築します。
図表1は、例として、過去の米国の金融引き締め(利上げや量的引き締め)の程度と日本の景況感の改善度の組み合わせに対する日経平均株価の値動き(買いまたは売りのいずれを推奨するべきか)のパターンをアルゴリズムが学習する様子2を表しています。ここでは平面図を描くために便宜的に2つのイベントのみに着目していますが、実際には十~数十程度のマクロイベントを考慮することができるモデルを構築します。
図表1 機械学習アルゴリズムによるマクロイベントと日経平均株価の値動きのパターン学習
2-2. 機械学習モデルを用いた日経225先物の売買判断
図表2は、構築した機械学習モデルを用いて、実際にマクロイベントが発生した際に売買判断を行う様子を例示したものです。
例として、中央銀行の金融政策決定会合(以下「イベントA」)が開催され、決定される金融政策の内容を受けて同時に為替相場の変動(以下「イベントB」)が生じるようなケースを考えるとイメージを掴み易いでしょう。ファンドマネージャーがイベントAについて5通り(どの程度の金融引き締め策または緩和策が明示されるか)、イベントBについても5通り(為替レートがどの程度のレンジへシフトするか)のシナリオを想定する場合、全25通りのシナリオに対するモデルの売買判断を予めごく短時間で把握することができます。
このように複数の事象が絡み合った複雑な計算をモデルが高速処理することで、ファンドマネージャーはファンドのポジション(日経225先物の買い持ちまたは売り持ちの状況)の変更が必要となる事象が起きるか否かの見極めにフォーカスすることができるという利点も生まれます。
図表2 マクロイベント発生時の機械学習モデルによる売買判断
2-3. 厳格なリスク管理
図表2の説明では割愛していますが、機械学習モデルに基づく売買判断と同時に、各シナリオにおけるマクロの観点での理論価格レンジも算出します。当該理論価格レンジと実際の先物価格とを比較することで、実際の先物価格の割安/割高の判断をもとにレバレッジを-1倍~+1倍(ファンドの運用資産と同額の日経225先物の売り持ち~ファンドの運用資産と同額の日経225先物の買い持ち)の範囲で運用することで厳格にリスクを管理します。
図表3は、本ファンドを設定した2021年8月10日から2022年12月末までの実際のレバレッジの推移です。先物の買い持ち(ロング)の場合はレバレッジを+0.25倍~+1倍、また売り持ち(ショート)の場合はレバレッジ-0.25倍~-1倍としています。
なお、図表3で示した期間中はレバレッジを±0.25倍と±1倍に限定していますが、今後のモデルの開発状況次第では変更する可能性もあります。
図表3 レバレッジ-1倍~+1倍の範囲でのリスク管理(期間: 2021/8/10~2022/12/31)
3. 運用実績
2021年8月に本ファンドを設定して以来の運用実績は図表4の通りです。
本ファンドの設定以来、新型コロナウイルス変異株の流行、ウクライナ危機の長期化、インフレ率の高止まり、欧米の歴史的なペースでの金融引き締めなど、株式にとって厳しい市場環境が続いていますが、ポジションとリスクを厳格に管理することで累積リターンは上昇トレンドを維持し、配当込みTOPIXを大きくアウトパフォームしています。
図表4 本ファンドと配当込みTOPIXの累積リターンの比較(期間: 2021/8/10~2023/4/30)
本ファンドと配当込みTOPIXの主要指標の比較(図表5)では、配当込みTOPIXよりも低いリスクで高いリターンを獲得していることが確認できます。また、対日経225相関係数や対TOPIX相関係数の絶対値が小さい(インデックスのリターンとの相関が低い)ことは、本ファンドがインデックスに対する単純な順張りや逆張りではないことを示しています。
図表5 本ファンドと配当込みTOPIXの主要指標比較(期間: 2021/8/10~2023/4/30)

日々、データは増え続け、アルゴリズムや手法は進歩します。ファンドマネージャーは、どのようなデータを活用するか、データをどのように扱うか、データに対してどのようなアルゴリズムを適用するか、データの特徴やモデルの振る舞いをいかに理解し実運用に繋げるかについて絶え間ない仮説・検証を行い、魅力的な投資リターンの創出に努めます。
(本文注釈)
1 データの中から規則性を学習したり、学習した規則に基づき予測を行ったりする動作原理のことを機械学習アルゴリズム、アルゴリズムに基づき未知のデータの入力に対して予測結果を出力するものを機械学習モデルとして区別。
2 視覚的な理解を重視するため、擬似データセットを作成し、2つの特徴量のみから買いと売りのパターンを明確に判別・学習している様子を例示。実際にはより多くの特徴量を用いなければ値動きを説明できないケースも存在。